Part2 Section 09 Code for Japan

Slackですべての参加者にITで貢献する場を提供

陣内一樹 氏
Code for Japan 事務局長
大学卒業後、NECにて事業計画を担当。NEC在職中の2013年から2年間は復興庁に出向し、福島県浪江町役場復興推進課に勤務。復興計画の進行管理を担当した後、全国に避難している町民向けのアプリ開発を行う。ワークショップを活用した住民参加型の開発プロセスや民間人材の採用など官民協働でプロジェクトを推進。2017年にCode for Japanへ転職し、現職。

小口 航 氏
Code for Japan
長野県出身、バンクーバー在住。シビックテック企業で働くソフトウェアデベロッパー、Civic Tech Vancouver共同主催者。趣味はプログラミングを含むものづくり、写真、キャンプ、ボードゲーム。愛する妻、最近産まれた愛娘、愛犬のYukiと暮らす。COVID-19が収束したら一刻も早く日本にいる家族に会いに行きたい。Twitter: @watarutwt / GitHub &LinkedIn: @wataruoguchi

武貞真未 氏
Code for Japan コミュニティマネージャー
教育福祉領域のIT活用を目指すベンチャー企業にて採用広報、CTO室や教育事業内新規プロジェクトなどを担当し、2019年より大阪大学大学院で小児発達領域の研究にも取り組む。Code for JapanにはCTO室在籍時の企画共催がきっかけで広報プロボノとして関わるようになり、日本酒・酒蔵のオープンデータプロジェクトや教育関連の企画にも参加。2020年よりCode for Japan社員。 Twitter & Medium:@mamisada

水野真子 氏
Code for Japan UI/UXデザイナー
日本のWeb制作会社でWebデザイナーとして約4年間勤務し、2017年カナダ・バンクーバーに拠点を移す。2018年より、ソフトウェアの受託開発を行う現地企業にUI/UXデザイナーとして所属。また、ブログライターとしてデザインに関する英語記事の翻訳を行う。Code for Japanでは、広報・運営のサポートを行い、Slackコミュニティの環境の改善・提案に取り組む。

行政・企業・市民をつなぐシビックテックの草分け

テクノロジーを活用し、市民主導で行政サービスの課題や社会問題を解決する運動「Civic Tech」(シビックテック)。アメリカのCode for Americaからスタートしたシビックテック運動は世界に広がり、2020年現在では世界各国でコミュニティが活動している。 

国内のコミュニティであるCode for Kanazawaが開発した「5374(ごみなし).jp」は、日本のシビックテックにおける代表的な成果の1つだ。自治体でいつ何のゴミが回収されるのかを教えてくれるサービスで、2013年に発表されて以降、全国の都市に対応したサービスが生まれた。その取り組みは各方面で高く評価され、数々の賞も受賞している。

今回取材した一般社団法人コード・フォー・ジャパン(Code for Japan)も、そうしたシビックテックのコミュニティのひとつだ。Code for Japanは2013年設立。これまでに多くのエンジニアやデザイナーをはじめとしたIT技術を持つ人々と行政機関・企業を結び、課題解決のための新たなテクノロジーを生み出す後押しをしてきた。

そして、2020年3月。東京都が公開した「新型コロナウイルス感染症対策サイト」が話題を集めた。自治体のWebサイトとして異例のアクセス数もさることながら、開発から公開まで約1週間という驚異的なスピードと技術力の高さも注目された。

実は、このサイトを開発したのがCode for Japan。そして、開発にあたったメンバー同士のコミュニケーションを支えたのがSlackだった。

「Code for Japan 史上最大規模のプロジェクト『新型コロナウイルス感染症対策サイト』では、Slackがメンバーをつなぐ重要な役割を担いました」(陣内一樹氏)

コミュニケーションツールをその時々で使い分けていた

Code for Japanでは、以前より行政との案件でSlackが利用されていた。もっとも、コミュニティ内でのプライベートチャンネルでのやりとりがメインであって、基本的に行政とのコミュニケーションはメールでの進行が中心だ。

プロジェクト参加メンバー同士のコミュニティはもっぱらFacebookが使われていたが、告知などの用途がメイン。Facebook Messengerなどでコミュニケーションを取ることもあったが、プロジェクトごとに使用するツールを分けるのは効率的とは言いがたい。

近年はコミュニケーションツールが多様化し、選択肢も多い。決め手となる候補が見つからないため、コミュニケーションツールはその時々で使い分けていたという。メンバーの自主性を促すため、あえてメインのコミュニケーションツールを決める必要性も感じられなかったと陣内氏は当時を振り返る。課題こそあるものの、人数が少ないうちはそれで十分だったのだ。

Webサイト公開後全国から参加希望者が殺到

転機となったのは、新型コロナウイルス感染症対策サイトの公開後だ。サイトの制作を受注したCode for Japanでは、最初のサイトをわずか10人ほどのメンバーで制作し、3月3日に公開。ソースコードも、世界的に使われているSaaS型のバージョン管理ツールであるGitHubで公開した。

一般に、自治体のITシステムは細かい仕様まで決定してから開発することが多い。しかし、本件では一刻も早いリリースが優先されたため、最低限の仕様を整えて後から機能を追加していくアジャイル型が採用された。自治体のシステムとしてはあまり前例がない試みだった。

この試みは見事成功し、新型コロナウイルス感染症対策サイトの存在はメディアやSNSで拡散され、評判を呼んだ。新型コロナウイルスに関する新しく正確な情報は、東京都民に限らずあらゆる人々が必要としていた。早期に誰にとってもわかりやすい形で情報を発信した同サイトは、皆がまさに求めていたものだっただろう。

そして、この未曾有の事態に自分も何か貢献したいと、全国各地から多くの人々がプロジェクトへの参加を希望していた。この東京版のシステムをベースに、ほかの自治体向けのバージョンを作るというのだ。

コロナ禍をきっかけに参加者が8倍近くに急増

Code for Japanの取り組みは各種メディアで取り上げられ、「テクノロジーの力でコロナ禍に立ち向かいたい」とプロジェクトへの参加者が急増する。「コロナ禍以前は500人程度だったコミュニティ参加者が、新型コロナウイルス感染症対策サイト公開を機に急増しました。現在の参加者は約4,000人を超えています」と陣内氏は振り返る。

シビックテックの理念を多くの人に知ってもらう、またとない機会となった。一方で、人数が8倍にも急増すると、これまでのプロジェクトの進め方や理念・方針の共有が難しくなるのではないだろうかと、心配にもなる。

一般企業でも同じだが、入社したばかりの社員がなんのサポートもなく現場に投げ出されても、右往左往するだけだろう。せっかくコミュニティに参加してくれた新しいメンバーも、具体的なアクションが取れないのではモチベーションが下がりかねない。

従来は経験を積んだメンバーが率先してオンボーディング(慣れてもらうための取り組み)を行ってきたが、ここまで急激に人が増えるとそれも難しい。新しいメンバーにうまく参加してもらうための環境作りが不可欠になった。

このような事態に、Code for JapanではSlackの環境を整備することで対応した。大人数のコミュニティを運営する際のSlackの利点を、小口航氏は次のように語る。

「グループでプロジェクトに取り組むなら、Slackは適したツールです。LINEなどの会話目的のアプリとは違い、Slackではトピックごとにチャンネルを作成できます。チャンネルでの会話はオープンなので、文脈を失わず誰でも気軽にチャンネルに参加しやすいのが特徴です」(小口氏)

LINEなどのチャットアプリでは1対1の会話になると、人数分同じような対応をする必要がある。また、複数人のグループを作っても「人」中心となる。トピックごとの「場」、つまりチャンネルを利用できるSlackは、多くのメンバーがさまざまなプロジェクトに取り組むCode for Japanに適した環境となるわけだ。

Code for Japanでは、新しい参加者が取り組みを理解し、早く打ち解けてもらえるようにSlack上の導線の設計を工夫したという。具体的な工夫を見ていこう。

取材に応じる陣内氏。シビックテックの取り組みにSlackがどのように貢献してきたかを語っていただいた。

皆が自然に参加できるようチャンネルの設計を工夫

Code for Japanでは初めて参加した人でもどの順で何を見ればいいのかわかるように、チャンネルの設計を工夫。「01」から「07」までの番号を付けたチャンネルに、最初から全員が参加するようにした。Slackでは、チャンネルを「デフォルトのチャンネル」に指定すると、新しく参加したメンバーが最初から追加されるようにできる。これによって、全員参加のチャンネルに設定できるのだ。

最初に見てもらうのは、Code for Japanからの告知が投稿される「#01_general」だ。大きなイベントや正会員の募集といった大きなニュースにまず目を通してもらう。初めて参加する人には、同チャンネルのトピック(チャンネルの上部に表示されるテキスト情報。このチャンネルで今どのようなことを話しているかを記す)にはマニュアル文書へのリンクも設置されているので、Code for JapanでのSlackの使い方はここから確認できる。

次に「#02_introduction」で自己紹介をしてもらい、各参加者のバックグラウンドや活動拠点、持っているスキルの相互理解を深める。自己紹介には既存メンバーがなるべくコメントを付けるようにしており、興味のありそうなイベントやプロジェクトの案内を行うこともある。

その次に見てもらうのは、シビックテックに関するイベント情報を配信する「#03_events」だ。このチャンネルで今どのようなイベントが行われているかを知ってもらい、興味があれば参加してもらう。もっと深く特定のプロジェクトにかかわりたい人には、プロジェクトの参加メンバーを募集する「#04_join_project」が用意されている。もちろん、自分で立ち上げたプロジェクトを宣伝するのもOKだ。

イベントやプロジェクトの成果をほかのメンバーと共有したいこともあるだろう。そうしたときは、うれしいこと、感謝したいことを共有する「#05_flyinghigh」に投稿する。ほかのチャンネルよりも気軽な雰囲気で、メンバー同士のコミュニケーションを図ることができる。あとは、参加メンバー全員が自由にお知らせを投稿できる「#06_random」と、不明点を質問するための「#07_questions」、この7つがデフォルトのチャンネルとして設定されている。

自分が参加したいと思うプロジェクトが見つかれば、そこから先は皆さんが主体的に動きやすくなります。そこで、新しく参加してくれた人も発言しやすく、行動しやすいようにオンボーディングに工夫を凝らしました。

以前は新しく参加してくれた方に直接スレッドでメンションを付け、声かけをしていたのですが、コロナ禍で参加数が増えたことで逐一反応することが難しくなりました。このようにチャンネルの整備を行い、Botを活用し自動送信で参加方法を案内することで、運営側の負担が軽減しスムーズな導線を確保できました。せっかく参加していただいたので、新しい参加者が孤立しないよう、メンバー全員に協力をお願いしています」(武貞真未氏)

Code for Japanのデフォルトのチャンネル

Code for Japanのワークスペースでは、7つのデフォルトのチャンネルが設定されている。上から順番に見ていけば、どのような人がいて、どのような活動をしているかが理解できるようになっている。オンボーディングの方法は今でも模索し続けているという。

KNOW-HOW全員に見てほしいチャンネルを「デフォルト」に

新しいメンバーがワークスペースに参加した時点でチャンネルに参加できるよう、Code for Japanでは「デフォルトのチャンネル」機能を活用している。はじめから「01」~「07」の番号を付けたチャンネルに誘導することで、初めての人でも迷わずコミュニティに参加できるようになっており、自己紹介やプロジェクト探しに向けた導線になっている。

「01」~「07」のチャンネルで雰囲気をつかんでもらったら、チャンネルの検索でプロジェクトを探したりイベントを見つけたりできるようになる設計にしています

Slackのメイン画面で左上のワークスペース名をクリックし、[設定と管理]→[ワークスペースの設定]の順にクリックすると、[デフォルトのチャンネル]の設定画面が表示される。

Slack導入の成果と管理面での課題

運用面での課題もあるが、細かなルールを設けて縛るのでなく、参加者のモラルに期待し、運営側が細かく口を挟まないようにしているという。

「人数が急速に増えたタイミングで、良くも悪くも使い方がばらつきそうになったことがあります。そのときは、コミュニティのメンバーがお互い注意し合うようにしています。例えば、「@channel」でチャンネル参加者全員にメンションすることは、大勢が使うと参加者に迷惑となるため禁止する、広告的な投稿は削除する、といったルールも設けています。しかし、基本的にはメンバーの自主性に任せて運用しています」(陣内氏)

ボランティアベースのコミュニティであるため、コミュニティの行動規約をオンラインの会話にも反映し、細かな口出しや指摘は最小限にとどめているという。

KNOW-HOWSlackによるオンボーディングの工夫

Code for Japanは一般企業と異なり、次の2つの特徴がある。1つはボランティアベースのコミュニティであり、上役が指示したりするのでなく、あくまでもひとりひとりが自主的に取り組む点。

もう1つは、新規参加者をまずSlackに受け入れ、研修などの場はなくSlack内でコミュニケーションが完結する点だ。前向きな気持ちを持って参加してくれたメンバーがうまくコミュニティに溶け込め、興味のあるプロジェクトを見つけられるようにするため、番号順に並べたチャンネルの設計などの工夫がされている。

実は、「社員が自主的に働きやすいようにするため」「オンラインで働きやすい環境を作るため」と考えると、Code for Japanの工夫は一般企業でも参考になる。テレワークで顔を合わせる機会が減っていたりして、新メンバーのオンボーディングに悩む企業では、特に取り入れて役立つ点が多いだろう。

ひとりひとりの自主性に期待するからこそ、皆さんに活躍いただけるようにオンボーディングを工夫しています

大規模なシビックテックにはSlackのコラボ機能が不可欠

「新型コロナウイルス感染症対策サイトの運用開始から半年経ちますが、おかげさまで今も参加者は増えています。特に喜ばしいのが、この取り組みに参加したいという若い世代が大幅に増えたことですね。北海道の高専生など、全国各地から幅広い世代が参加してくれています」(陣内氏)

若い世代の参加者にとって、Slackは便利なツールとして受け入れられているという。ビジネスパーソンには考えられないかもしれないが、彼らにとって大きなプロジェクトのコミュニケーションツールは、Slackか、ゲーマーの間で広く使われていることで知られる「Discord」(ディスコード)の二択だというから驚きだ。しかも、Discordに慣れた人ならすぐにSlackに適応してスムーズに移行できるという。

広報・運営サポート担当の水野真子氏は、「新型コロナウイルス感染症対策サイトがきっかけとなり、たくさんの方にCode for Japanに関心を持ってもらえたと感じます。このコミュニティは、年齢、場所、職種に関わらず、さまざまな方と交流ができる多様性のある環境です。皆さんに心地よくSlackを使用してもらえるよう、今後も新たな取り組みやコンテンツを取り入れていきます」と今後の展望を語る。

今回の成功をきっかけにシビックテックに関心を抱く若者たちは増えたが、まだまだ仲間を増やしたいそうだ。Code for JapanがどのようにSlackを活用し、人を集めていくのか、その手腕に注目したい。そして、そこから生まれるユニークなアイディアが、日本をどのように変えていくのか楽しみである。

KNOW-HOWSlackのNPO支援プログラム

SlackにはNPO(非営利団体)支援プログラムが用意されており、条件を満たせば無料あるいは割引料金で利用できる。大規模プロジェクトのコミュニティ運営も円滑になる。

私たちのようなNPOにとって非常にありがたい制度です

SlackのNPO支援プログラム申し込みページ
https://slack.com/intl/ja-jp/help/articles/204368833

※「Slackデジタルシフト」の取材は2020年8~9月に、ビデオ会議を利用して行っています。