この記事は前編「ポケモンGOと自治体・企業との連携進む。ビジネス活用の課題は?」の続きです。2016年8月21日に横須賀市で行われた「ヨコスカGO宣言」と講演会「リアルワールドゲームを楽しもう!~安心・安全に『Ingress』や『Pokémon GO!』で遊ぶために~」後半の内容をレポートします。


歩くことも「遊び」の原初体験

「リアルワールドゲームを楽しもう!」で行われた神奈川工科大学准教授の白井暁彦氏による講演「クリエイティビティとは? もっとゲームを楽しくするために」では、はじめに「遊び」とはそもそも何か? という解説が行われました。

白井氏は神奈川工科大学情報メディア学科で、エンターテインメントシステムやバーチャルエイアリティ(VR)、メディアアートなどを研究。Ingressを利用した「相模Ingress部」の活動も行っている。

「遊び」というと「仕事」や「学び」の対義語としての印象が強いかもしれないが、例えば「ネジの『遊び』」のように「適度な余裕を持つ」ことも「遊び」と表現されたりして「遊び」にはさまざまな意味がある。英語でいえば「Play」は「役割を演じる」や「楽器を演奏する」という意味でもあると説明されます。

フランスの社会学者・文芸批評家であるロジェ・カイヨワの著書「遊びと人間」を参照し、遊びの分類を解説。Pokémon GOでいえばARによるポケモンの表示は「ミミクリ」(模擬・模倣の遊び)、ボール投げは「アレア」(運の遊び)、ジムバトルは「アゴン」(競い合う遊び)と分類します。

白井氏の講演資料より、カイヨワが「遊びと人間」の中で行っている遊びの分類。「アゴン」「アレア」「ミミクリ」「イリンクス」という4種の中で、上部は本能のままの遊び「パイディア」、下部はルールがある「ルドゥス」となっていく。

また、スイスの心理学者ジャン・ピアジェの「遊びの段階説」を紹介し、現代のほとんどのゲームが「ルールのある遊び」なのに対し、リアルワールドゲームには、歩くことそのものが楽しい「感覚運動遊び」の要素もあるとします。

ピアジェの「遊びの段階説」。歩いたり走ったり、思いどおりの操作ができることも楽しいこと、遊びにつながる。

Ingressでは動かなかった層がPokémon GOで動く

続いて、白井氏が相模原市の「市民共働事業」として行ったフィールドミュージアム「スマ歩さがみはら プロジェクト」や「相模Ingress部」の活動を紹介しながら、「『Game Play』から『Game Making』へ」という考え方を紹介します。

「Game Making」とはIngressやPokémon GOを既存のルールに従って遊ぶだけでなく、既存の遊びをプラットフォームに、新しい遊び方、楽しみ方を創り出そうという考えです。

例えば相模Ingress部では、研究活動の一環としてサイトを運営し、ポータルとして申請した史跡などの情報をWeb上のデータベースとして整備していったほか、Ingressの楽しみ方をまとめた「部員手帳」の発行、「Ingress豆まき」など交流イベントの開催などを行い、Ingressをプラットフォームに活動を広げました。

白井氏は、Pokémon GO以降でのこのような「遊び」の設計においては、「動的複合ペルソナ」を意識することが不可欠だと説きます。

動的複合ペルソナとは、サービスや店舗の設計時に考えるユーザーの具体的なイメージ「ペルソナ」を、時間経過によって変化し、さらに1人ではなく集団で行動する存在として捉えるものです。

例えば、ポケモンシリーズは2016年で20周年であり、かつて熱心にプレイしていた小中学生は現在20~30代になっています(動的ペルソナ)。今では子どもをもうけ、親子でPokémon GOをプレイしているかもしれません(複合ペルソナ)。

過去のフィールドミュージアム(博物館)やIngressの取り組みでは動かなかった中学生~30代の層はちょうど「ポケモン世代」であり、Pokémon GOは新しい層を取り込むチャンスであるとします。

複合ペルソナの例。リアルワールドゲームではゲームのコアなファンだけでなく、その家族や友達、またはライト層グループまでを意識した設計が重要。

「ゲーム"を"遊ぶ」だけでなく「ゲーム"で"遊ぶ」

「遊ぶ」とは多義性を持つ言葉で、「楽しみ」は、さまざまな行為から感じることができる。Pokémon GOであれば「ポケモンを集める」「バトルに勝つ」ことのほか、歩き回ることそのものも楽みになり、遊び方や動き方、役割などのルールを独自に設定し、それをなしとげる(自在にプレイする)ことの楽しみもあります。

「Game Making」とは、プレイヤーよりもスポーツの監督や舞台の演出家の視点に近い発想だとのこと。既存のゲームのルールを前提に新しい戦略や演出を加えて、プレイヤーに新しい楽しみ方を発見してもらうのが「Game Making」。自治体や企業の担当者は、そのような「ゲーム"で"遊ぶ」視点からもリアルワールドゲームに関わることができます。

白井氏は「公共としてのゲーム世界」を整備することも必要だと述べます。

現実世界をフィールドとするリアルワールドゲームにおいて、ゲーム自体を知らない非プレイヤーは、漠然とした不安や心配を持ちがちなものです。

具体的に何をすると誰によって迷惑なのか、やるべきでないことは何で、何であれば迷惑にならないのかをはっきりとさせて周知することが、プレイヤーと非プレイヤーお互いのために大切。判断に迷うときは「たいていの場合は『カメラ撮影が許されるかどうか』で考えればいい」と目安が示されました。

また、成果を共有でき継続的に取り組める形とするため、自治体で取り組むのであれば「なぜ税金を投入するのか?」という疑問に対してきちんと説明できるロジックの構築や、目標の設定も必要だとのこと。

そして最後に、ゲーム内の目的として「強さだけを追求するプレイでは、誰もがいつか敗者になるまで競い続け、最後は燃え尽きるしかなくなる」と、知的探求心の充足や交流など、別の目的を設定して取り組むことも重要だと述べました。

「公共としてのゲーム世界」の整備についてのまとめ。ルールの確立と周知・理解の徹底。厳格な運用、そして、継続的な取り組みとするための運営の仕組みや目標の設定が重要となります。

「Pokémon GOの面白さ」を自分たちで開発する!

白井氏の講演は「『Pokémon GO』を超える『Pokémon GOの面白さ』を自分で開発するつもりで遊ぶべき!」との言葉で終了となりました。

ここで、あらためて「ヨコスカGO宣言」の内容を詳しく見てみましょう。

横須賀市はPokémon GOを通して、市民がトレーナーとして周囲のポケストップを発見し、地域のより深い理解をすすめることを応援します。また他の地域のトレーナーが横須賀を発見するための情報提供を促進・交流してまいります。

これまでの Ingress における経験を活かし、ポケストップとなっている史跡や施設の歴史などの周知、啓発活動を行うとともに、店舗などとも協力し、そのゲームの持つ世界観を大切にしながら集客や観光の可能性を模索していくことを宣言します。

横須賀市長 吉田雄人

街にある史跡やアートなど、その土地の特別なものがPokémon GOのポケストップやIngressのポータルに設定されています。Nianticのリアルワールドゲームは、プレイすることで自然と「地域のより深い理解」が進むように設計されているのです。宣言文はこのことを理解し、活用しようとしています。

そのうえで横須賀市は、プレイを応援し、市民やほかの地域から訪れるトレーナーが知的好奇心を満たしたり、交流を楽しんだりすることを促進・応援することを宣言しています。

さらに「一歩先の楽しみ方」として、次の3つが挙げられています。

  • 地域の違いを体感する
  • ご当地グルメは堪能すべし!
  • 強くなるだけがゲームじゃない

ゲームに熱中するだけでなく、周りの景色をよく見てください、同じゲームを楽しむ人との交流も楽しんでくださいとは、Niantic CEOのジョン・ハンケ氏もイベントなどがあるたびに述べていることです。「ご当地グルメ」は地域振興の意味でも、訪れたトレーナーの楽しみを増やす意味でも、欠かせないポイントでしょう。

「強くなるだけがゲームじゃない」の項目は白井氏のアドバイスもあって設けられたとのこと。強さを求めて競い合うこと以外の「遊び」も忘れないようにと、「あなたなりのクリエイティビティあふれる楽しみ方を発見しよう!」と呼びかけています。

横須賀市では、「ヨコスカGO宣言」と同時に「横須賀中心市街地『Pokémon GO』MAP」の提供を開始しており、サイトからPDFファイルをダウンロードできます。

中心市街地のポケストップやポケモンジムが詳細に記されているだけでなく、グルメや観光スポットの紹介もあり、まさに「地域のより深い理解をすすめることを応援」し、楽しみを増やす内容となっています。

情報がないまま知らない土地に行くと、コンビニエンスストアなどでどこでも食べられるものを買って食事を済ませてしまったり、名所の前を知らずに通り過ぎてしまったり、ということもありがちなもの。トレーナー向けの情報提供は、広い意味で白井氏が提唱する「Game Making」の一例だといえるでしょう。

▼ヨコスカGO宣言(「横須賀中心市街地『Pokémon GO』MAP」のダウンロードもこちらから)
「ヨコスカGO宣言」について | ニュース&トピックス | 横須賀市観光情報サイト「ここはヨコスカ」

写真や自然観察の楽しみと絡めた「Game Making」の例

最後に、情報提供やルアーモジュールの利用など直接的な集客施策以外の「Game Making」の事例を紹介します。

1つは、白井氏自身が例として提案した写真の遊び「#ポケクリGO」。Pokémon GOのAR機能を使った写真にコメントと位置情報をつけてTwitterでツイートするもので、写真のネタを楽しみながら、位置情報がポケモン出現情報の共有になります。

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#ポケクリGO - Twitter検索

「Pokeblitz」(ポケブリッツ)は主に海外で行われているものですが、Pokémon GOをプレイ中に見つけた野生生物の写真にハッシュタグ「#pokeblitz」を付けてツイートすると、誰かが種を特定してくれるというもの。

もともと、決まった時間内に一定のエリアで野生生物を撮影し、専門家が種を特定する「BioBlitz」(バイオブリッツ)という生物調査の方法があり、それをPokémon GOと組み合わせたものです。

▼Twitterで検索する
#pokeblitz - Twitter検索

このほか、「コダック」のポーズとニックネームを組み合わせた「#コダック大喜利」、チームリーダーがポケモンの強さを評価してくれる機能が搭載されたときにはニックネームと評価のセリフを組み合わせた珍文作りなど、言葉遊び的なものも多数あります。

▼Twitterで検索する
#コダック大喜利 - Twitter検索

Pokémon GOは最初に爆発的なブームとなったため、想定される動員人数が多すぎるということもあったのでしょう、リアルの(実際に人が集まる)大きな企画の例はまだありません。しかし、Ingressで行われている「ミッションデー」のように、スタンプラリー的なものや史跡めぐりなどと組み合わせたイベントも、これからは考えられるかもしれません。

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