「できるシリーズ」がちょっとうらやましかった

「できるシリーズ」25周年おめでとうございます。25年前のインプレスといえば、インターネット時代を先取りした雑誌「iNTERNET magazine」の刊行や、良質なプログラミングの翻訳書を発行していた出版社というイメージがありました。当時、私は、編集部の机を借りてVisual Basic 2.0の入門書を執筆しており、担当は異なるものの、「できるシリーズ」のオリジナルコンセプトを作り上げた故山下憲治さんとも意見交換などをしていたのを思い出します。

刊行時期はほぼ同時でしたが、「できるExcel5.0」や「できるWindows 3.1」の快進撃を横目で見ながら、(ちょっとうらやましいな)と思いつつ、続編を執筆していたのもいい想い出です。真偽のほどは定かではありませんが、印刷が追いつかなくて、新聞などを印刷するのに使う輪転機を回していた、と小耳に挟んだこともあります。

その後、シリーズが拡張されていく中で、私も執筆陣に加わることになったのですが、「できる大事典」や「できる逆引き」「できるイラストで学ぶ」の立ち上げなど(「できるシリーズ」以外の企画も含めて)、新たな展開に数多くチャレンジさせてもらったのは、大変勉強になりました。

「できる」ことが「わかる」ことの第一歩

私は、数年前から書道を始めたのですが、最近、上達の近道は「正しい方法でゆっくりとやる」ことだと強く感じています。好きに書く、というアプローチもありますが、書道ではお手本をできるだけゆっくりとマネることから始めるのが一般的です。おそらくそれは、スポーツでも楽器でも、勉強でも同じなのだと思います。

正直なところ、それまでは、お手本をマネするだけじゃ、本質は身につかないだろうと思っていました。ところが、書道を始めてみると、1枚書くたびに新しい発見があるのです。特に、古典の臨書はワクワクするほどの体験です。好きに書くのとは深みが全く違うのです。

「できるシリーズ」にも似たところがあって、私自身、当初は「手順を追いかけるだけじゃ、本当の理解には結びつかないのでは」とやや懐疑的な考えを持っていました。しかし、実際に執筆に携わってみると、「人間の脳は、機械とは違って、操作を単に覚えるだけでなく、操作を通して、自然に概念を理解したり、連想を働かせて応用に結びつけたりしているのだ」ということが見えてきました。

随所に配されているヒントも、そういった「わかる」を促してくれるいい工夫だと感心したものです(そんなわけで、読者のみなさんには、あまり急いで操作だけをこなすのではなく、自分の脳や身体にしみ込む時間を取りながら、ゆっくりと読み進めるのがおすすめです)。

まだまだ初心者の域を出ませんが、市の美術展では4年連続の入賞、2年連続の市議会議長賞を頂きました(左:臨張瑞図、右:臨伊都内親王願文)

「できる編集部」というネーミングに腰を抜かした

話は戻りますが、当時の驚きはなんといっても、編集部の名前が「できる編集部」に変わったということでした。それまでの名前は忘れてしまいましたが、「書籍編集部」のようなごく普通の名前だったと思います。ブランド名が組織名に変わる例は珍しくありませんし、いまでこそ、一般にも親しまれているので、何ら違和感はありませんが、ずいぶん大胆なネーミングだな、と思ったものです。

「できるシリーズ」がこれほどまでに読者の方々に支持されている理由は、先見性や質の追求に加え、そういった思い切りの良さという風土によるものも大きいのではないかと思っています。今後とも、一歩先を行きつつも、読者の方々に安心して読んで頂けるタイトルの充実を願ってやみません。微力ながら、私も何かのお役に立てれば幸いです。


羽山 博(はやまひろし)
1961年大阪生まれ。京都大学文学部哲学科(心理学専攻)卒業後、日本電気株式会社でコンピューターのユーザー教育や社内要員教育を担当。1991年にライターとして独立し、ソフトウェアの基本からプログラミング、統計学、認知科学まで幅広く雑誌や書籍で執筆。2006年に東京大学大学院学際情報学府博士課程を単位取得後退学。現在、有限会社ローグ・インターナショナル代表取締役、東京大学、お茶の水女子大学、青山学院大学、日本大学講師。
最近の趣味は献血、書道、絵画、ウクレレ、ジャグリング。熱烈なトレッキー(スタートレックのファン)でもある。

主な「できるシリーズ」の著書

「25周年リレーコラム」の一覧ページへ
「できるシリーズ」25周年特設ページへ