知らずに途方もなく奥深い世界に踏み込んで

今度こそ「できる」と思って取り掛かるものの、結局はまったくできずに泣きたくなって終わる。ということをこの7年続けています。それは"墨"です。"墨"で絵を描くのですが、ウソみたいにできません。

私は絵を描くのが好きでして(実は少し自信もありました)、近所の美大で社会人向けの講座が開かれているのを見つけたのが泣きたくなる7年間の始まりでした。講座は油絵や水彩、彫刻などさまざまでしたが、その中から"墨"を選んだのは道具が少なくてお手軽、簡単そうという、まったく浅はかな理由からでした。

7年も続けていてなぜできないのか言い訳をさせていただくと、まず"墨"は一発勝負なのです。和紙に描いた墨は決して消えません。いくら濃い墨を重ねたとしても最初に描いた筆の跡はどうやっても消せないのです。

そんなこと知りませんでした。そして、"墨"で描くということは、和紙と水を極めることでした。墨は和紙に染み込みますが、その染み込み具合は、和紙の質や墨に含まれる水分量によってまったく異なるのです。そんなこと知りませんでした。修業が足りないと言えばそれまでですが、7年間やっていて思い通りの線ひとついまだに描けません。

「できない」現状を楽しむ

そこで、もう思い通りに絵を描くということをあきらめました。「できる」という自信を完全に放棄したのです。

よくうちの愛猫を描くのですが、最初のころはうちの猫のトラ模様を墨の濃淡で表現したいなんてえらそうに思っていました。しかし、そんな高度なことは何度やってもできません。完成した絵を見た人には、「うちの猫はめずらしいまだら模様なんです」とか「うちの黒猫描いたんです」とウソをついています。

そうしているうちに、だんだん楽しくなってきました。ウソをつくのが楽しいのではなく、予想もしない結果になることが楽しくなってきたのです。最近ではトラ猫が立派に描けたとしたら、きっとおもしろくないのではないかとすら思いはじめています。

「できるシリーズ25周年リレーコラム」に「できる」と思うことをやめました、なんてオチですみません。でも、これが現在の偽らざる心境です。

「できるシリーズ」では「Excel関数」でお世話になっています。Excel関数では求める結果が必ず得られます。墨の絵ではそれがまったく得られません。墨があまりに思い通りにならないので関数による絶対的な結果がときに"癒し"になるほどです。

墨において、Excel関数のように気持ちよく結果を得ることができるのか、それはわかりませんが、とりあえず今はどんな結果も受け入れて修行に励みます。「できる」シリーズ30周年、いや40周年には、立派なトラ猫をお見せできることを信じて。

この絵は、最後に胸の下あたりに墨が予想外にひろがり、あたふたしているうちに水を含みすぎた和紙が破れました。なので、最初の予定の3分の1くらいの大きさにカットせざるを得ず。


尾崎裕子(おざき ゆうこ)
プログラマーの経験を経て、コンピューター関連のインストラクターとなる。企業におけるコンピューター研修指導、資格取得指導、汎用システムのマニュアル作成などにも携わる。現在はコンピューター関連の雑誌や書籍の執筆を中心に活動中。
主な著書に『できるExcel関数 Office 365/2019/2016/2013/2010対応 データ処理の効率アップに役立つ本』『できるポケットExcel関数 基本&活用マスターブック Office 365/2019/2016/2013/2010対応』(インプレス)、『今すぐ使えるかんたんEx Excel文書作成[決定版]プロ技セレクション [Excel 2016/2013/2010対応版]』(技術評論社)、『Excel 5000万人の入門BOOK』(共著:宝島社)、『会社でExcelを使うということ。』(共著:SBクリエイティブ)などがある。

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