ITシステムの構築には時間がかかる

 下図は、会計や財務管理など、企業で運用されるITシステムの構造を簡単に表したものです。

 レッスン4では「ITシステムは3つの階層構造でできている」と解説しました。最下層にサーバーやネットワークといった物理的な基盤(インフラストラクチャ)があり、中間層でWindowsServerやLinuxのようなOS/データベース(プラットフォーム)が動作し、最上層で会計や顧客管理といった実際に業務で使用するソフトウェア(アプリケーション)が動作しています。

 クラウドを利用しない場合、そのようなITシステムが新たに必要になったときは、まずアプリケーションの仕様策定から着手します。続いて、プラットフォーム、インフラストラクチャをそろえていきます。

 インフラストラクチャを準備するにあたっては、そのITシステムを利用する従業員(ユーザー)の規模から、どのような性能のサーバーを何台購入するか、ネットワークはどこと契約するかなどを決めなければなりません。さらに、プラットフォームとしてどのようなOSをインストールするのか、アプリケーションを開発するならどのベンダーに依頼するのか……といった算段が続きます。

 これらをゼロから行うのは、単純にかなりの工数がかかります。さらに、適切に行うためには開発・運用にあたるスタッフの知識や経験も必要です。

●クラウドを利用しない場合の一般的なITシステム

クラウドで変化の速いビジネスに対応

 一方で、クラウドを利用した場合はどうでしょうか?

 業務で必要な機能を持つアプリケーションがクラウドのサービス、つまりレッスン4で解説したSaaSとして提供されていれば、「このサービスを何人分」と契約するだけで、すぐに必要なITシステムがそろってしまいます。

 SaaSを導入する際、たいていの場合は業務に合わせたカスタマイズが必要になります。しかし、それでもITシステムをゼロから構築する場合と比較すれば、圧倒的なスピードで必要な環境が整うはずです。

 コストについては比較が難しいのですが、短期間で過不足なく、必要な分だけのシステムを手に入れられるクラウドのほうが、余計なコストが出にくいと考えられます。

●クラウド(SaaS)を利用した場合のITシステム

手持ち+クラウドの組み合わせで最大の効果を

 企業がクラウドを導入するにあたって最初に考えるべきなのは、「どの階層までをクラウドに頼るか」ということです。

 もし開発済みのアプリケーションが手元にあり、それを使い続けたいのであれば、そのアプリケーションが動作するクラウドのプラットフォーム(PaaS)を利用したほうがよいでしょう。

 条件にもよりますが、現在とはまったく別のアプリケーションをカスタマイズしていくよりも、すでにあるアプリケーションをクラウドのプラットフォームに乗せ替えるほうが、スピードやコストの面で有利になります。

 同様に、自社にプラットフォームの整備・運用が可能な高い技術力があり、煩雑なサーバーの運用作業のみを軽減したい場合は、クラウドのインフラストラクチャ(IaaS)を利用するのが適切です。

●既存のITシステムをクラウド(PaaS)に移行

自社システムの柔軟性を高める「仮想化」

 ただし、クラウドのサービスを利用できない、利用するのは望ましくないケースもあります。SaaSなどではクラウドのサービスを提供する他社に自社のデータを管理してもらうことになるため、企業によってはサービスポリシーや秘密保持契約などの関係上、他社にデータを預けられないケースもあるからです。

 そのようなケースにおいて、すでに多くの活用事例がある手法として「仮想化」があります。仮想化はITシステムの構築・運用にあたって、アプリケーションとプラットフォーム、インフラストラクチャは自社で管理しつつ、構築・運用を従来よりも効率化する技術。同時に、クラウドコンピューティングの重要なキーとなる技術でもあります。

 さらに、自社内に高い技術力と大規模なサーバーの需要がある企業では、仮想化を利用して自社専用のクラウド=「プライベートクラウド」を構築するという手法が注目を集めています。仮想化とプライベートクラウドについては、以降のレッスンで詳しく解説します。

[ヒント]スピードアップすれば「やり直し」も効率的になる

ITシステムの構築は、単純な一本道ではいかないもの。アプリケーションができてから機能を追加したくなったり、処理能力の見積もりが甘くサーバーが重くなったり、といった問題が頻繁に起こります。このような問題を完全になくすことは困難です。しかし、ITシステムを素早く構築できる環境を整えれば、問題点の修正も速く、容易に進められるようになります。ひいてはシステム全体の完成度を高め、より高い投資効果を得られるようになるでしょう。ITシステムが企業の大きな経営課題となっている現在、スピードアップは経営全体に大きなメリットをもたらすはずです。

[ヒント]「DaaS」「HaaS」とは?

企業向けのクラウドサービスでは、SaaS、PaaS、IaaSのほかに「DaaS(ダース:Database as a Service)」「HaaS(ハース:Hardware as a Service)」という言葉を使う事業者もいます。DaaSはデータベースの機能を、HaaSはサーバーマシンやネットワーク機器、それらを分解したCPUやストレージなどの能力をサービスとして提供することを指します。HaaSは役割としてはIaaSと同義であり、このコンテンツではまとめてIaaSとして扱っています。

[ヒント]1つのシステムを多くのユーザーでシェアする「マルチテナント」のメリット

SaaSとして提供されているサービスには、「マルチテナント」という特徴もあります。旧来のASPと呼ばれていたサービスには、大企業のユーザーには最新のサーバーとシステムを貸し出す一方で、中小企業のユーザーには古いサーバーとシステムというように、同じサービスでも内容に差がつく場合がありました。SaaSではこのようなことはなく、大企業も中小企業も1つの巨大なシステムを共有し、同じ内容のサービスを受けられます。ASPを「1つの建物に1人の入居者」(=シングルテナント)と考えると、SaaSは「1つの建物に複数人の入居者」(=マルチテナント)のようなイメージです。この仕組みにより、例えばセキュリティに厳しい企業のためにシステムを強化すれば、すべてのユーザー企業がそのメリットを享受できます。また、利用者数や利用するサービスの内容に応じて柔軟に拡張・縮小でき、利用した分だけの料金を支払うシステムになっています。

●SaaSにおけるマルチテナントの仕組み